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水の上でも走れる4人乗りEV50万円で 日本のベンチャー開発急ぐ

  • スズキ元エンジニア創業のFOMM、まずタイで今年量産車投入
  • ヤマダ電や船井電と資本提携、20年までに日本での販売と上場目指す

スズキ出身のエンジニアが設立したベンチャー企業が、水面でも移動可能な4人乗り電気自動車(EV)の実用化を進めている。東日本大震災での津波被害をきっかけに開発がスタート、50万円程度の低価格での販売を目指し、洪水被害があったタイなど新興国でのEV需要取り込みを狙う。2020年までの新規上場を目指している。 

  このベンチャーはFOMM(神奈川県)。スズキで二輪の設計に15年間携わった後、トヨタ車体で超小型EV「コムス」開発の責任者を務めた鶴巻日出夫社長(55)が13年に創業した。開発中の車は全長2.6メートル、全幅1.3メートル、全高1.6メートルで欧州の超小型車の規格に合わせた。通常は鉄板を溶接して車体を作るが、つなぎ目をなくすために樹脂で一体成形し、車体が水に浮く構造とした。東京大学の協力を仰ぎ、3年ほどかけて試作品を完成、特許も取った。

FOMM Corp. Concept One micro electric vehicle

FOMMの超小型電気自動車は、水面での移動が可能

Source: FOMM Corp.

  各国の環境規制の強化で大手自動車メーカーはEVの開発を急いでいる。従来のエンジン車と比べて構造がシンプルとされ、最近では英家電メーカーのダイソンなど異業種からの参入表明のほか、数多くのベンチャーも開発に乗り出している。ただ、水に浮くという発想は異例で「EVでもガソリン車でも水に弱い。この短所を克服したのは優れた成果」と自動車調査会社、カノラマジャパンの宮尾健アナリストは話す。

  鶴巻社長は、足下で加速するEVシフトに「追い風が強すぎるというか、早すぎるなというのはある」とし、「大手がやりだしたら少し厳しくなるかもしれないが、いまのうちに成果を出すしかない」と話す。

Micro Electric Vehicle Maker FOMM Corp. CEO Tsurumaki And Its Latest Model

鶴巻社長

Photographer: Kentaro Takahashi/Bloomberg

  鶴巻社長が起業を思い立つきっかけとなったのは、2011年の震災の際、たくさんの車が運転手を乗せながら津波にのまれていく惨状をテレビで目にしたことだ。母親が静岡県の海に近いエリアで暮らしていることもあり、水害でも耐えうる機能をもつ車を作ることができれば、「助けられる命があるのではないか」と考えたという。二酸化炭素の排出を減らしたいという思いでEVを選んだ。

電池は交換式

  開発中の車には、スズキでの経験を生かしてバイクに似た設計も取り入れた。ハンドルにアクセルをつけ、足元のスペースを確保。欧州の同タイプの車のほとんどが2人乗りなのに対して4人乗りを可能にした。部品数は約1600点と通常のガソリン車の1割未満。バッテリー搭載量を低減するため、アルミフレームなどを使用し450キログラムと軽量化した。

Micro Electric Vehicle Maker FOMM Corp. CEO Tsurumaki And Its Latest Model

FOMMが開発中のEV

Photographer: Kentaro Takahashi/Bloomberg

  高速道路で走行可能な速度を出せ、軽自動車並みの衝突安全性能も備える予定。25年までに世界で個人所有だけでなくシェアリングでの利用なども含めて200万台の販売を目指す。まずはタイで現地合弁を設立し、今年末までに量産車を発売する計画だ。当初は200万円での販売を予定しているが、量産効果で20年に約50万円で販売できるように目指す。

  EVのネックの一つとされる航続距離や充電時間の長さにも対処した。交換式のリチウムイオン電池を使用し、現地のエネルギー関連会社と提携して既存のガソリンスタンド内に電池交換ステーションを設立し約5分で完了する交換は月額料金を支払えば何度でもできるようにする。満充電での航続距離は160キロをめざすという。

大手のサポート広がる

  最初は20万円の資本金をもとに会社を立ち上げ、事務所を兼ねたワンルームのマンションから事業計画を手に協力会社を訪ねて回った。「2カ月間は地獄だった」と鶴巻社長は振り返る。部品メーカーやベンチャーキャピタルなどに声を掛けたが、当初出資に応じてくれたのは1社のみ。その出資金をもとでに試作品を完成させた。

  大容量で高出力の電池を搭載するため、EVは製造コストが高くなるという問題を抱えている。さらに、浸水を防ぐための部材もコスト増の要因で販売台数が増えなければ価格を引き下げるのは難しい。鶴巻氏は、構造の簡素化や電池のリース化などでコスト削減に努めるとしている。

  昨年10月にヤマダ電機と資本提携。20年までには日本でも販売する方針だ。ヤマダ電の店舗網を行かして車両販売や充電、カーシェアリングなどにつなげる。また、家電製品などを製造する船井電機とも資本業務提携。船井電の技術を生かし、日本向け車両の生産を行う。FOMMの株主にはほかにもソフトバンクの孫正義社長の実弟の泰蔵氏が創業したスタートアップ支援会社などが名を連ね、昨年12月には、安川電機からも第三者割当増資を受けた。

  現在の社員はエンジニア6人を含め14人。管理部門を入れて30人ほどにしていく。20年までの上場を目指す。「既存のメーカーは怖くない。何を出してくるかわからないダイソンのような会社が怖い」、「いま車に乗っていない人が乗れるものを提供する。そうすると、世の中が変わっていく」と鶴巻社長は話す。

Micro Electric Vehicle Maker FOMM Corp. CEO Tsurumaki And Its Latest Model

サスペンションの取り付け

Photographer: Kentaro Takahashi/Bloomberg

  カノラマの宮尾氏は、FOMMの取り組みについて「タイのような新興国での渋滞と大気汚染という2つの問題を解決する」可能性があるとし、特に政府がEV化を進めている中では「成功のチャンスがある」と指摘。一方で、消費者としては水に浮くという利用機会の少ない機能のために、余分なお金を費やしたくないかもしれないとも話した。 

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