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将棋AIのHEROZ、次に駒進めるのは建設市場-竹中と戦法練る

  • 「棋譜」分析力を構造設計に生かすと林CEO、収益拡大に意欲
  • 世界一、全国優勝7回の著名アマチュア棋士、芸が起業助ける

将棋の元アマチュア世界チャンピオンが人工知能(AI)に着目して起業、約4カ月前に上場も果たしたHEROZ(ヒーローズ)が建設市場に駒を進めようとしている。マンションなど建物に働く荷重や外力を評価し建築物の強度・安全性を決める「構造設計」の分野に技術を生かす。

  同社技術の根幹となる将棋AIは過去の膨大な棋譜(対局手順)を読み込ませ、経験則を基に最善の一手を自ら予測するもの。個人向けにオンライン型の将棋やチェスゲームも展開するHEROZの林隆弘代表取締役(CEO)は、設計データをAIに学習させることで精度を高め、容積やデザインが異なる中でも建築物件に適合した設計を短時間で導き出すことが可能だ、とみている。

Japanese Chess App. Maker Heroz Inc. CEO Takahiro Hayashi Interview

林CEO

Photographer: Kentaro Takahashi/Bloomberg

  林CEOはインタビューで、建設の世界に繰り出した一手について「国内50兆円産業で、そのうち構造設計は5-10%の売り上げを占める規模感がある」と意義を説明。労働力人口の減少で人手不足問題が深刻化する中、AIを使い「生産性を改善させ、その見返りがわれわれの売り上げになる。マーケットサイズが大きく、活躍の機会も多い」と話す。HEROZの2018年4月期の売上高は前の期比32%増の11億5500万円だった。19年4月期は13%増の13億円を見込む。

  同社は昨年11月、大手ゼネコンの竹中工務店と建設業界でのAI活用に向けた共同開発に着手した。竹中技術企画部の吉岡宏和部長は、「将棋と構造設計はいろいろな選択肢の中から良いものを選んでいくところが似ており、われわれが作りたいと思っているAIのパートナーにぴったり」と言う。構造設計の中には建築主の要望や予算などを反映させ、一つの物件に幾つもの設計案を作り、絞り込んでいく作業がある。竹中では、ことし中にはプロトタイプを構築、20年には実用化させたい考えで、将来的には70%の業務量削減を目指す。

2030年、AI市場は2兆円超の予測

  市場調査会社の富士キメラ総研によると、19年度から21年度にかけ国内AI市場は成長期を迎え、関連技術は企業経営に不可欠なIT技術として浸透していく見通し。16年度に約2700億円だった市場規模は21年度までに約1兆1000億円に拡大、30年には2兆円を超えるとの予測だ。

  HEROZは、ことし4月に東京証券取引所マザーズに新規株式公開(IPO)した。昨年の将棋電王戦では、世界で初めて同社の将棋AIが名人に勝った実績を持つ。7月末時点で、同社のオンライン対戦プラットフォーム「将棋ウォーズ」は累計ユーザー470万人、対局数は3億6000万。1日約25万局、1秒当たりにすると3局マッチングさせる世界最大級の将棋ゲームに育った。

Japanese Chess App. Maker Heroz Inc. CEO Takahiro Hayashi Interview

HEROZのアプリ「将棋ウォーズ」

Photographer: Kentaro Takahashi/Bloomberg

  林CEOと将棋の出会いは小学生時代にさかのぼる。何手も先を読み、相手と戦うことに魅力を覚え、一度はプロに誘われほどの技量を持ったが、将棋の先生から高校は行かず、退路を断てと言われたことでプロ棋士の道は断念した。それでも好きな将棋を続け、高校3年時に全国高校選手権で初優勝、新社会人となった1999年6月にはアマチュアの世界チャンピオンに輝き、これまで全国優勝7回の実績がある。

  同氏は99年4月にNECへ入社、技術開発職として10年勤めた後、子供のころからのもう一つの夢だった社長になるため、退社、独立した。背中を押したのはスマートフォンの普及で、「世界中につながり、伝播もしやすい。時は来たと感じ、行くしかない」と考えた。

  一緒にNECを飛び出したのが、同期で現在はHEROZの最高執行責任者(COO)を務める高橋知裕氏。HEROZを設立した09年4月はリーマン・ショック直後でベンチャーキャピタル市場は冷え込んでいたが、林氏は創業前から高橋氏と携帯電話向けのゲーム開発を行っていたことが評価され、4社から1億円を調達できた。ある投資家が「君は将棋の世界チャンピオンだから何とかなる」と即出資に応じてくれたといい、将棋が身を助けたことになる。

  16年に増資を行った際、個人的に5000万円を拠出したレオス・キャピタルワークスの藤野英人社長は、「私も将棋好き。AIがこんなにブームになるとは思ってなかったが、HEROZは強力なコンテンツがあり、一定のバリューは付くと思った」と振り返る。

課題は優秀な人材確保とアナリスト

  林CEOは、建設以外にもAIを使い金融、品質管理で商機を見いだそうとしている。金融については「AIと相性が良い」とし、過去にも野村証券と市場予測の研究開発に取り組んだ実績がある。現在はマネックス証券と提携し、為替取引分野で顧客の投資技術向上をサポートするサービスを展開中。「究極的には自社でAI運用する可能性もある。既に6月から、ある会社と一緒にAIで商品を運用するテストを実施中」である点を明らかにした。

  いちよし経済研究所の藤田要主任研究員はHEROZについて、売上高は「まだ個人向けが7、8割だが、ここからは法人向けへの展開に期待する。独自のAIエンジンを持っており、拡販しやすい」と分析。一方、今後の課題は「優秀な人材を継続的に獲得し、技術革新に追いついていけるかどうかだ」とし、大手企業の新規参入などがあった場合、市場シェアを維持できるかどうかがリスクだと指摘した。

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