ミカン畑「山ごと消えた」 愛媛・宇和島の豪雨被害
ルポ 海での養殖も大きなダメージ
西日本を襲った豪雨で大きな被害を受けた愛媛県宇和島市。急峻(きゅうしゅん)な山と海に囲まれた同市の吉田町では、特産のかんきつ類やタイなどの養殖業が深刻な打撃を受けた。猛暑のなか現地では今も断水や主要道路の通行止めが続く。農水産業被害は想像を超え、まだ全体像がつかめていない。
「ミカン畑の山が消えた」。かんきつ農家の山内直子さんは肩を落とす。雨が上がった10日、農園の様子を見に行ったところ、小高い山の斜面にあるはずのミカン畑が見つからない。それどころか山は消え、「原っぱになっていた」。どこに流されたのか果樹の残骸さえ見当たらない。
吉田町の主要道路から奥まった所にある山内さんの自宅裏から農園へ上ってみた。山の斜面に沿った細い舗装路は所々で陥没、崩落し、土砂に埋もれている。自動車では通れない。時に地に手をつき、雨で流され落ちてきたであろう大きな岩などの障害物を乗り越えながら進んでいった。
斜面を見上げると、幅数十メートルにわたり、土が深くえぐられた崩落の跡が何カ所もある。土砂の中には流された果樹の枝や根のほかに、収穫物を運ぶトロッコのレール、まだ青く未熟な小さいミカンの実など、さまざまなものが含まれている。土ぼこりに混じり、時折吹く風にかんきつ類の香りが漂う。
日本一の生産量を誇るかんきつ王国・愛媛の中でも、吉田町は有数の産地とされる。地域ではブラッドオレンジなど何種類ものかんきつ類を栽培する。山内さんが持つ4ヘクタールの農園は点在しており、少なくとも1割程度は大雨で流されてしまったという。今後、確認が進めば被害状況も拡大しそうだ。
果樹の損害以外にも深刻なのが農薬散布用のスプリンクラーの破損だ。夏場は害虫を防除する重要な時期。いま防除しないと、例えミカン畑が無事だとしても黒点病やアブラムシ被害で秋以降の収穫ができないという。
山内さんは例年、高級品を中心に約100トンを生産しているが、今年の収穫は大幅に落ち込みそうだ。約2000万円を見込んでいた収入も数百万円にとどまる見込み。一方で、設備を入れ直すと数千万円単位での出費となりかねない。周囲には「もう農家をやめて働きに出るしかないのかと嘆く若い夫婦もいる」とくちびるをかむ。
約3.5ヘクタールの農地を持つかんきつ農家の豊島一志さんも、大雨で流されたミカン畑を見上げて声を失った。新しく苗木から育てると収益ベースに乗せるまで10年かかるという。それでも「時間をかけても戻すしかない」と前を向く。
豪雨の被害は山側だけではない。タイやハマチなどの養殖業が盛んな沿岸部にも広がっている。
港湾を一見すると、穏やかな波に流木が浮かんでいるが、沖合に整然と浮かぶいかだなど養殖施設には大きな変化が認められない。しかし、大雨で大量の泥水などが流入し、魚が死ぬ被害が確認されている。
吉田町漁業協同組合では多くの職員も被災しており、「正確な数字は把握できていない」。愛媛県の10日時点のまとめによると、近隣の八幡浜市ではタイ4万尾以上のへい死が確認されている。
もともと今年はプランクトンが大量発生する赤潮で苦しんでいた。「雨水の流入で塩分濃度が下がる『水潮』も重なりダブルパンチだ」と吉田町漁協の職員。昨年、約20億円あった魚類養殖の出荷額がどの程度、落ち込むのか見通しは厳しい。
海沿いに立つ家では土砂が流入し、人々が協力して泥をかき出す作業に追われている。道路もあちらこちらが泥で覆われ、連日の猛暑で土ぼこりが舞い、環境は劣悪だ。養殖業のある男性は「自宅の片付けに精いっぱいで、まだ養殖のことまでは手が回らない。生きているだけでも良かった」と話した。(棗田将吾)