JR東日本、変革に挑む 稼ぐ駅 店も切り盛り
JR東日本が鉄道事業者の殻を破ろうとしている。3日発表の中期経営ビジョンで、2022年度の鉄道収入はほぼ横ばいの見通しを示すなど、鉄道事業に成長は頼れない。「経営モデルを変えないといけない」。今春社長に就任した深沢祐二氏は話す。商業やSuica(スイカ)ビジネスの拡大へとカジを切り、少子化の激しい局面を乗り切ろうとしている。
6月下旬、中央線の国立駅(東京都国立市)改札口そばでは、いつものように駅員が切符の確認などに追われていた。しかしよく見ると、駅員の制帽のシンボルマークはJR東日本のマークとは違う。緑・オレンジ・青の3色を使ってかたどられたハートのマークだ。
実は、国立駅はJR中央ラインモール(東京都小金井市)という株式会社が14年から運営している。この会社はJR東の100%子会社だ。中央線三鷹駅(東京都三鷹市)―立川駅(同立川市)間の一部の駅で、改札業務の運営をJR東日本から受託している。それだけではない。鉄道高架下の商業施設「nonowa(ノノワ)国立」も手掛けている。
同社社員の高田陽平さんはノノワの施設管理が仕事だ。まずは出勤すると前日のテナントの売り上げを確認し、午前10時の開店時には客を出迎え、その後はテナントとコミュニケーションをとるなど、一般的な商業施設と仕事は変わらない。
店頭に立つ駅員
時には駅での改札業務を担当する日もある。国立駅長の杉浦望さんも駅長と支配人という2つの肩書を持つ。
なぜ駅業務や商業事業などを一括して子会社に委託するのか。事実上の独立採算制にし、収益力を高めるためだ。業務の効率化を高めるため、時には駅員が一人二役をこなすことで縦割り組織を打破する。一定エリアの業務を任せることで地域に根ざしたサービスを提供する狙いもある。
JR中央ラインモールの店舗売上高は年115億円(16年度)。日本ショッピングセンター協会によると、売上高の規模は決して小さくない。三鷹―立川間は全長約10キロメートルあるが、開発本部の山本正俊マネージャーは「高架下には多くのスペースが空いている」と話し、今後の開発に含みを持たせる。
1987年の分割民営化から31年。直後に就任したJR東の初代社長、住田正二氏は早くから商業事業の重要性を強調してきた。首都圏の圧倒的な鉄道利用者を土台に「アトレ」や「エキュート」などの名称で駅併設型の商業ビジネスを手掛けてきた。いまや商業事業などの売り上げは約8500億円と、全体の3割を占める。
しかしJR東を取り巻く経営環境は予想以上に厳しい。同社は中期経営ビジョンで、27年をメドに商業事業などの売上高を現在の3割から4割に引き上げる方針を掲げた。
重い債務負担
JR東幹部は「この30年間、好業績が続いたのは低金利のおかげ。本業の鉄道事業収入はそれほど伸びていない」と話す。同社の最終益は3千億円弱と増益基調。ただ、有利子負債残高は社債を含め約3兆2千億円に達する。平均金利は1.99%と低いが、金利が急上昇すれば利益は吹き飛びかねないという危うい側面がある。
鉄道事業ではこれまでも電車の増発や湘南新宿ラインの新設を進めてきたが、収入が大幅に増えたとは言えない。22年度の目標売上高は2兆1千億円と、18年度計画比わずか3%増にとどまる。本格的な人口減少時代を背景に30年度の輸送量は20年度比4%減、40年度には20年度比9%減になる中、商業事業に力を入れざるを得ないのだ。
JR東管内には全1662駅あるが、JR東が国立のように子会社に駅業務などを委託しているケースは少なくとも2割超。すでに東北地方では先行しており、JR東日本東北総合サービス(仙台市)が東北エリアの駅業務や商業事業などを受託。今後も拡大する方針だ。
伸びが見込まれる都心では自らアクセルを踏む。首都の玄関口である東京駅。総面積は18万2千平方メートルと東京ドーム3.6個分あり、集客力は極めて高い。ここでも駅の商業ゾーンは拡大傾向にある。2月に八重洲北口そばにベーカリーとスーパーの紀ノ国屋が開業したが、元は倉庫だった。
JR系の複数のデベロッパーが商業施設の運営に関わっており、店舗数は数百店規模。全体の年商や来場者数は非公表だが、東京駅の1日平均乗車人員が45万人(乗車人員3位)を考えれば、東京駅は1つの大型ショッピングセンターだ。その1つ「グランスタ」は16年から約1年間の増床分で店舗売上高は年約110億円。店舗数は開業時の3倍弱に増えた。
運営する鉄道会館(東京・千代田)の町村勉常務は「東京駅ではグランスタと同じ規模の商業施設が新たに生まれる」と話す。地下を掘ったり倉庫を商業施設に転用したりすることでスペースを工面していけるという。
「構内に出たいというテナントはとても多い」。JR東の別の幹部はこう話す。日本郵便も駅構内に注目し、年度内にも立川駅構内に金融コンサルティング店を出す。
駅の商業施設を拡大させるJR東日本だが、駅のキャパシティーも限られてくる。深沢社長は「商業は駅だけでなく、街の中へと繰り出していく」とも話す。
JR東の売上高構成はJR東海やJR西日本とほぼ同じ。運輸収入が全体の6~7割を占めているが、私鉄最大手の東京急行電鉄の同2割と比べ、運輸収入に依存した体制だ。本格的な人口減少時代を迎える中、事業の多角化は必須だ。
攻めと守りの戦略不可欠
JR東の場合、首都圏にビジネスを依存した経営モデルなことが特徴。2025年以降には首都圏の人口も減少が始まるだけに強みが弱みに変わりかねない。人口が他の地域よりも集中しているなか、他のJRグループ以上に多角化を加速させる必要がある。
観光事業にも力を入れる方針だが、他の地域と比べ、東北地方に観光客を呼び込めているとは言いがたい。JR北海道などとも連携し、訪日客を呼び込む考えだ。
労働集約型の鉄道産業では、働き手不足も経営に影を落とす。JR東の従業員数は5万6千人(17年度)だが、今後は大量退職が予想される。列車の運行サービスや商業事業などで省人化への取り組みも不可欠。海外では新幹線方式も売り込んでいくなど、攻めと守りの経営戦略が求められる。(企業報道部 岩本圭剛)
[日経産業新聞 2018年7月11日付]