文芸賞を受賞し、昭和56(1981)年に芥川賞候補にもなった小説『なんとなく、クリスタル』。書いたのは当時、一橋大学の学生だった、のちの政治家・田中康夫氏である。
小説の主人公は34(59)年生まれの女子大生。有名ブティック、高級レストラン、一流ブランド品などの名前が盛り込まれた142ページの本文に、442の「注」がつくという「カタログ」的な構成が斬新で、若者たちは「クリスタル族」とからかわれながらも、このファッショナブルな「なんクリ」を積極的に支持した。
この年の主な事件は、「東京地検、投資集団誠備グループのリーダー、脱税容疑で逮捕」「中国残留日本人孤児47人初の正式来日」「臨時行政調査会(第2次臨調、土光敏夫会長)発足」「神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア)開幕」「ノーベル平和賞受賞のマザー・テレサ来日」「ポーランド自主労組『連帯』のワレサ議長来日」「東京・深川で通り魔殺人事件発生。川俣軍司逮捕」「三和銀行の女子行員、オンラインで1億3000万円詐取」「厚生省が丸山ワクチンを治験薬に指定」「福井謙一、ノーベル化学賞受賞」「沖縄本島与那覇岳で新種の鳥を発見。『ヤンバルクイナ』と命名」など。
黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』がベストセラー。洋画『エレファント・マン』、テレビドラマは『北の国から』が人気となった。
クリスタルとは水晶のこと。透明感と屈折感。「なんとなくの気分で生きている」「やっぱりクリスタルが一番ピッタリ」。一学生の揶揄(やゆ)した高級志向と一流ブランド志向はやがてバブル景気に乗り、さらなる肥大化を見せていく。(中丸謙一朗)
〈昭和56(1981)年の流行歌〉 「ルビーの指環」(寺尾聰)「チェリーブラッサム」(松田聖子)「奥飛騨慕情」(竜鉄也)