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 新型コロナウイルスとの共存が迫られるウィズコロナ時代において、“光明”となり得る技術の実用化が近づいている。その技術とは、波長が222nmの紫外線によるウイルスや細菌の不活化(感染力や毒性の消失)である。222nm紫外線は、「数分の照射でウイルス・細菌をほぼ不活化」「人体に照射しても影響がほとんどない」という夢のような性質を兼ね備えているのだ。光源の開発では、日本のメーカーが圧倒的な優位にいる。

 2020年4月21日、米コロンビア大学(Columbia University)の発表が全世界に衝撃を与えた。同大学教授で放射線研究所所長のデービッド・ブレナー(David Brenner)氏らのチームが、222nm紫外線による新型コロナウイルスの不活化効果を実験で調べたところ、「勇気付けられる結果が得られた」(同氏)。この222nm紫外線を人の活動空間に照射することで、新型コロナウイルスの感染拡大を抑制できる可能性があるという。同氏らのチームはかねて、222nm紫外線による様々なウイルス・細菌の不活化に取り組んでいた。

 従来、紫外線によるウイルス・細菌の不活化には、254nm紫外線が主に使われていた。254nm紫外線はウイルス・細菌の不活化効果こそ高いものの、人体に照射すると皮膚がんや白内障を発症させる恐れがあり、人がいない空間でしか使えなかった。人体に無害な222nm紫外線であれば、病院や学校、オフィスなどありとあらゆる公共・商業施設で常時照射できる。ウィズコロナ時代における経済・社会活動の範囲を大幅に広げられる可能性があるのだ。しかも、222nm紫外線の不活化効果は、254nm紫外線と同等水準が見込めるという。

 222nm紫外線でウイルス・細菌を不活化できるのは、ウイルス・細菌の遺伝情報を担うDNA(デオキシリボ核酸)や遺伝情報に基づいてタンパク質を合成するリボ核酸(RNA)に損傷を与え、複製による増殖能力を失わせるからである。DNAやRNAは、大ざっぱにいえば、塩基・糖・リン酸から成る化合物(ヌクレオチド)が鎖状に結合したものである。この鎖上において、チミン塩基(T)同士やシトシン塩基(C)同士、またはTとCが隣り合う部分では、紫外線によってこれらの塩基が結合し、シクロブタンピリミジン2量体を形成する。そうなると、DNAを複製できなくなる。これが、不活化の原理である(詳細は後述)。254nm紫外線による不活化も、同じ原理を利用している。

222nm紫外線を公共・商業施設で常時照射すれば、新型コロナウイルスの感染拡大を抑制し、経済・社会活動の範囲を拡大できる可能性がある。写真は、空港に照射装置を設置した場合のイメージ。(出所:コロンビア大学放射線研究所)
222nm紫外線を公共・商業施設で常時照射すれば、新型コロナウイルスの感染拡大を抑制し、経済・社会活動の範囲を拡大できる可能性がある。写真は、空港に照射装置を設置した場合のイメージ。(出所:コロンビア大学放射線研究所)
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光源モジュールの製品化を前倒し

 ブレナー氏らの研究成果を基に222nm紫外線の光源を一手に開発しているのは、日本のウシオ電機だ。コロンビア大の発表から約1カ月後の5月20日、同社はウイルス・細菌の不活化用途向けの222nm紫外線の光源モジュール「Care222」について、照明器具などを手掛ける米アキュイティ・ブランズ(Acuity Brands)と供給契約を締結した。アキュイティは今後、自社の照明器具とウシオ電機の光源モジュールを組み合わせて、ウイルス・細菌の不活化機能を持つ照明器具を開発し、公共・商業施設などへの提供を目指す。

ウシオ電機が開発した、222nm紫外線の光源モジュール「Care222」。照明器具を手掛ける米アキュイティ・ブランズと供給契約を締結した。(出所:ウシオ電機)
ウシオ電機が開発した、222nm紫外線の光源モジュール「Care222」。照明器具を手掛ける米アキュイティ・ブランズと供給契約を締結した。(出所:ウシオ電機)
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 ウシオ電機はもともと、Care222を21年初頭に発売する予定だった。しかし、世界的な新型コロナウイルス感染拡大を受けて計画前倒しを決断。課題だった量産技術を急ピッチで確立し、20年9月の量産出荷開始にめどを付けた。アキュイティが開発するウイルス・細菌の不活化機能付き照明器具も、早ければ同年秋には製品化されそうだ。

222nm紫外線の光源モジュール「Care222」を搭載した照射装置の試作品。ウシオ電機では、実験などに使っている。(出所:ウシオ電機)
222nm紫外線の光源モジュール「Care222」を搭載した照射装置の試作品。ウシオ電機では、実験などに使っている。(出所:ウシオ電機)
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 両社の契約は、北米地域の一般照明器具分野を対象とした独占的供給契約である。ウシオ電機は他の地域や製品分野でも協業相手を募っており、既に国内外から多くの問い合わせが寄せられているという。