2024年3月25日
韓国 経済

“結婚しません”宣言で手当支給 有休も?変わる韓国企業

30代男性の2人に1人が未婚、女性の未婚率は3割超。

晩婚化や結婚しない人が増えている日本、ではなく、韓国の話です。

そうした社会の変化にあわせた企業の取り組み、ビジネスの最前線を取材しました。

(ソウル支局記者 長砂貴英)

“結婚しない”人に「非婚手当」?

韓国では、結婚をしない人たちが増えています。

結婚していないことを指す「未婚」という言葉のほかにも、あえて結婚しない「非婚主義」という考え方も登場し、人びとに広く認識されるようになりました。

若者をとりまく経済的な事情のほか、価値観やライフスタイルの多様化などが背景にありますが、数年前から一部の企業で「非婚手当」を導入する動きが出始めています。

非婚手当を導入した化粧品メーカーの韓国法人

「非婚手当」を導入した企業の1つが取材に応じてくれました。各国で事業を展開する化粧品メーカーの韓国法人です。

従業員は500人ほどで、2017年に韓国で独自に制度を導入して以来、毎年数人ずつ、これまでに20人余りに手当が支給されました。 この企業の「非婚手当」の内容は次の通りです。

対象者 :5年以上勤務し支給を希望する人
申請方法:担当部署にメールなどで申請(特に書式は決まっていない)
支給金額:50万ウォン(日本円で5万円余り)を1回
休暇付与:有給休暇10日

従業員は申請後に担当部署と面談し、その後に日本円にして5万円余りが1回支給されます。

支給の目的は、不公平感の解消です。結婚した人に対して会社は祝い金を支給しますが、これと同額の「非婚手当」が申請者に支給されます。

支給された人が、その後「非婚」をやめて結婚した場合、お金を返す必要はありません(ただし、結婚の祝い金は支給されません)。

実際に受け取った社員に話を聞きました。

非婚手当を受け取ったキム・スルギさん

キム・スルギさん

「私は性的マイノリティーです。韓国では法的な結婚に縁がありません。なので、この制度を通して結婚した人と同じような福利厚生を受けられることをうれしく思って申請しました。
みなが同じように扱われるんだということを感じられ、働くモチベーションが上がります」

この会社では「非婚手当」を申請し、ペットがいる人には「ペット手当」として日本円にして毎月5000円余りが支給されます。ペットが死んだときには有給休暇も1日付与されます。

キム・スルギさんが飼っていたネコ

キム・スルギさん
「飼いネコが死んだときには、有給休暇をもらって悼む時間をゆっくりと持つことができました。この会社で勤務していて、よかったと感じています」

企業側としては、単身世帯向けの手当を導入することは、多様な生き方と価値観を尊重する社風のアピールにもなります。さらに「優秀な人材を確保することにもつながる」と説明しました。

化粧品メーカー韓国法人 福利厚生担当キム・ミンソン(金旼宣)さん

キム・ミンソンさん
「入社試験の面接で、志願者の中には自身の価値観に合うこの会社で働きたいとアピールする人が多くいます。社内でも長期勤務者が増えています。
もちろん結婚しない人だけではなく、結婚や子育て中の社員への福利厚生も十分配慮しています。
会社の福利厚生で改善が必要な部分があれば会議を開く場を定期的に設けることもしています。会社に変化が必要であれば、変わっていきます」

30代未婚率 男性5倍 女性は8倍に

韓国で「非婚手当」を導入している企業は一部に限られますが、投資会社、デパート、通信大手など大企業を中心にこの数年で導入するところが出てきています。

基本給の1か月分に相当する額を出す企業もあるほか、結婚式に贈る花輪に代わって観葉植物をプレゼントするところもあります。

韓国統計庁の調査によると、30代の未婚率は2020年に男性で50.8%で半数を超え、30年前の5倍余りになりました。また女性は33.6%で、30年前の8倍以上です。

こうした単身世帯への支援が一見「非婚」を助長するのではないかという見方も出てきそうですが、韓国の人口政策や家族支援制度などに詳しい専門家に話を聞くと、そうではないと指摘しました。

韓国女性政策研究院 キム・ヨンナン(金英蘭)研究委員

キム・ヨンナン研究委員
「韓国の若い世代が結婚しない主な理由には、急騰した不動産価格※、高い教育費の負担など、主に経済的な問題があげられます。単身世帯に対する支援があるからといってそれが結婚するかどうかを決めるインセンティブ(動機づけ)になることはありませんし、少子化を進める作用もありません。
結婚しない人がそれだけ多い、だからそれに合わせる形で企業が社員の多様性を尊重するという観点から手当を支給しているということです。
若い世代の単身世帯に対する支援がより活性化すれば、経済的な安定につながると思います。また、もしかしたらそのことが結婚につながるような可能性ということもありえるのではないでしょうか」

※韓国では結婚に伴って住宅購入が必要という考えが根強い

伸びる“お一人様”需要

単身世帯の増加という社会の変化を事業展開につなげる動きもあります。

お一人様向けビジネスです。取材で訪れたのは、ソウルの飲食チェーンです。

この店では、蒸した豚肉をキムチや野菜といっしょに食べる「ポッサム」と呼ばれる韓国料理を「お一人様ポッサム」として提供しています。

韓国の飲食店で「ポッサム」は大皿で注文してみんなで食べるというのが一般的ですが、これを1人前の量にして気軽に食べられるようにしました。

「お一人様ポッサム」

韓国の人たちは、友人たちといっしょに食事をする時間をとても大切にします。飲食店にいくと大皿や大鍋の料理を囲んで大勢がわいわいと楽しむ光景をたくさん目にします。

一方で1人で外食する人は「友だちがいない」、「協調性がない」といった否定的なイメージがついてまわり、以前は1人で食事することを避ける傾向がありました。

それが単身世帯が増加するにつれて、1人で外食をしたいという需要が大きく伸びています。そこにコロナ禍も加わって、お一人様需要はさらに高まりました。

取材したこの日も20代や30代の利用客が次々と1人で訪れ、黙々と食事をしていました。

「お一人様ポッサム」利用客(30代)
「これまでは2人前以上から注文しなければならなかったメニューを、この店では1人でも食べられるので利用しています。誰にも気兼ねなく食事できるのでいいですね」

1人での食事を韓国語で「ホンパプ」といいます。「ホン」は1人、「パプ」は「ご飯」という意味です。かつては否定的なイメージだったものが、いまではすっかり市民権を得た言葉になりました。

「お一人様ポッサム」を提供するこの店は、10年前の創業から店舗数を大きく拡大し、現在は130店以上に拡大しています。

「お一人様ポッサム」を提供する飲食店 パク・ヨハCEO

パクCEO
「10年前、人口構造に変化があることを見てビジネスにつながると思い、それまでだと1人前で注文していなかった料理を1人用の量で提供すれば、需要が爆発的に増えると考えました。
ポッサムから始めて、チョッパル(豚足料理)やサムギョプサル(豚バラ肉の焼き肉)といった大勢で食べる料理を新たにメニューに加えています。
日本ではひとりでお酒を飲む文化がありますが、韓国ではまだ浸透していないスタイルなので、今後は1人でも気軽に抵抗感なくお酒を飲めるお店ができないかと考えているところです」

日本企業も注目

日本の企業も、韓国の社会変化を捉えようとしています。

札幌市に本社を置く家具日用品大手が2024年2月、韓国に2号店となる売り場をソウルにオープンしました。

ソウルにオープンした 日本の家具日用品大手の韓国2号店(2024年2月)

売り場面積は2000平米余りで、ソファーやベッドなどの家具や食器などを日本と同様に取りそろえています。

韓国で中間所得層以上のファミリー向けマンションの一般的な間取りは中央に広いリビングが配置され、ソファなどの家具は日本よりも大型で高級感のあるものが好まれます。

この企業は単身世帯増加を踏まえて、収納機能に優れたコンパクトな家具や寝具の品ぞろえにも力を入れました。

2号店が入る韓国の大型商業施設社長はオープン初日の記念式典のあいさつで「家族向けはもちろん、MZ世代(20代~30代)の顧客誘致まで企画した店舗で、1人から2人世帯の需要を反映している」と紹介しました。

韓国統計庁が2023年に公表した「人口住宅総調査」によると、韓国でマンションの平均延べ床面積は、2005年から2009年に建設されたマンションで85.7平米をピークに、その後は小さくなっていき、2022年には68.3平米まで縮小しました。

単身世帯の増加とともに住宅の面積も変化していて、大型家具を志向してきた消費者のニーズはコンパクトなものを含めて多様化していく可能性があります。

この企業は今後10年で韓国国内に200店まで店舗を拡大することを目指しています。

日本の家具日用品大手 武田政則副社長

武田副社長
「日本と同じように収納付きのベッドだとか、そういうものがよく売れていて、手ごたえを感じています。
1人暮らしなのだけれどもデスクを大きくとって、そこにゆったりとしながら仕事やゲームをするとか、そういう需要がとても多い。ソファーは大型なものも売れますが、2人用ソファーも日本より出ていると思います。
ルーム・コーディネートなど、単身世帯用の提案も増やしていきたいなと思っているので、そのためにいろいろなデータを集めて、1人暮らし向けやスモールスペースの提案をつくっていければと思います」

取材を終えて

韓国の2023年12月時点の単身世帯は全体の42%で主流となっています。経済的な事情、生き方や価値観の多様化など、さまざまな背景があります。

「非婚手当」を導入したり増加する単身世帯のニーズをくみ取ろうとしたりする企業の動きは、現実的で自然な流れといえるかもしれません。

韓国社会の変化は日本にとって多くの示唆を与えてくれると思います。

(3月7日おはよう日本で放送)

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