※日経エンタテインメント! 2024年4月号の記事を再構成

日本のアニメの市場規模は、2022年度の統計で2兆9277億円。10年前の1兆4769億円と比べると、およそ約2倍だ(一般社団法人日本動画協会調べ)。その原動力の1つは海外での成長にある。Netflixなどの配信サービスの普及により、海外でも日本のアニメがリアルタイムで見られるようになった。

完全新作の東映アニメーション製作のオリジナルアニメ。主人公は、高校を中退し単身で上京した井芹仁菜(写真上)。ある日、仁菜は降り立った郊外の駅前でたった1人で歌う少女、河原木桃香と出会い、彼女の持つ音楽の力に触れる。そして、本心を隠しながら生きる安和すばる、両親に捨てられた過去を持つ海老塚智、天涯孤独の少女ルパと共にロックバンド「トゲナシトゲアリ」を結成。それぞれ境遇は違うものの、悩みを抱えた5人の少女が世の中の不条理さに立ち向かい、自分たちの居場所を探していく。2024年4月5日より毎週金曜日24時30分~TOKYO MX、サンテレビ、KBS京都、BS11で放送開始 (C)東映アニメーション
完全新作の東映アニメーション製作のオリジナルアニメ。主人公は、高校を中退し単身で上京した井芹仁菜(写真上)。ある日、仁菜は降り立った郊外の駅前でたった1人で歌う少女、河原木桃香と出会い、彼女の持つ音楽の力に触れる。そして、本心を隠しながら生きる安和すばる、両親に捨てられた過去を持つ海老塚智、天涯孤独の少女ルパと共にロックバンド「トゲナシトゲアリ」を結成。それぞれ境遇は違うものの、悩みを抱えた5人の少女が世の中の不条理さに立ち向かい、自分たちの居場所を探していく。2024年4月5日より毎週金曜日24時30分~TOKYO MX、サンテレビ、KBS京都、BS11で放送開始 (C)東映アニメーション

 そんな世界市場において次にヒットが期待されているのが、24年4月から放送が始まったテレビアニメ『ガールズバンドクライ』だ。本作の監督は、北米やアジアを中心とした海外でもイベントやライブが行われたり、劇場版が公開されたりするほど世界的ヒットとなっている『ラブライブ!』シリーズの『ラブライブ! サンシャイン!!』を手掛けた酒井和男氏。神奈川県川崎市を舞台に、バンド活動を通して成長する5人の女の子たちの姿を描く、東映アニメーションによる完全新作のオリジナルアニメだ。さらに、劇中に登場するバンド「トゲナシトゲアリ」はリアルでも活動を行い、既にアニメ放送前からCDやMV(ミュージックビデオ)をリリースし、ライブ活動も実施している。

 本作のプロデュースは、同じく『ラブライブ!』シリーズの生みの親の1人である東映アニメーションの平山理志氏が担当。また、リアルに活動する「トゲナシトゲアリ」のプロデュースは、数々の人気音楽クリエーターが所属するagehasprings代表の玉井健二氏が手掛けている。彼は、Aimer(テレビアニメ『「鬼滅の刃」遊郭編』オープニング曲『残響散歌』、ドラマ『大奥 Season2』主題歌『白色蜉蝣』など)をプロデュースしたことでも有名で、YUKI、中島美嘉といった海外でも人気のアーティストたちの楽曲も生み出してきたプロデューサーだ。そんな日本のエンタメを世界に届けてきた2人がオリジナルアニメでタッグを組む。

 なお、YouTubeで既に公開されているトゲナシトゲアリのMVのアクセスの60%は海外だそうで、早くも世界へ届き始めている。本作のキーマンである玉井氏と平山氏に、世界を見据えた作品作りについて聞いた。

これまでにない音楽アニメ

平山理志 この企画が始まったのは、19年の夏。オリジナルアニメを作るにあたり、『ラブライブ! サンシャイン!!』でもご一緒した酒井和男監督と脚本の花田十輝さんに入っていただき、半年間ブレストを重ねました。せっかくオリジナル作品を作るのであれば、これまでお2人と一緒に10年間アイドルアニメを制作してきたその経験を踏まえて、これまでにない音楽アニメを作りたいと思ったんです。指針となったのは、20年の東京オリンピック。だいたいオリンピックのあとは景気が悪くなるので、我々が作るアニメは、おそらくどこか元気がなくなった日本で放送されるものだろうと。悩みながら生きる若い人たちに、きちんと寄り添える作品を作りたい。そんな彼らの気持ちを表現するなら、「ロックミュージック」がいいんじゃないかと。

 では、どこの音楽制作会社と一緒にやろうかと考えたときに、最初に浮かんだのがagehaspringsさんだったんです。彼らが関わった楽曲のMVはYouTubeの再生回数ランキングの上位に何曲もランクインしていますし、アニメを多くの人に届けるためにぜひお力を借りたいなと。現場の人と直接お話しするのがいいだろうと、直球で飛び込んでagehaspringsの代表である玉井さんにお話しさせてもらいました。

玉井健二 正直に言うと、最初は平山さんのお話を伺いながら「どうやって断ろうかな…」と考えていました(笑)。バンドをテーマにしたアニメの音楽というお話であれば、普段のルーティンのなかで考えられるんですけど、どうやら平山さんは本物のバンドをイメージしているようだったので…。でも、今みたいな感じで平山さんが熱く構想をお話しされていて。断り方を考えながら話を聞いていたら、頭の中でイメージができちゃったんです。ああ、またこれだよと(笑)。僕は、やんなきゃいいのになと思う仕事を引き受けちゃうクセがある。これは久しぶりに、簡単じゃないけどとてもやりがいのある仕事になるんだろうなと。

(C)東映アニメーション
(C)東映アニメーション

 5人組バンド・トゲナシトゲアリのメンバーは、楽器が演奏できることを条件にオーディションで選出。声優がバンドも担うのではなく、バンドを先に作り、そのメンバーが声優に挑戦するというから新しい。

平山 本物のバンドを作りたいという構想は、最初からありました。ゼロからバンドを作り上げて、しっかりと形になった後にアニメとしてお出ししたかった。だから玉井さんには「オーディションから全面的にお力をお借りしたいです」というご相談をして。おっしゃる通り、ものすごく大変な話だったと思うんですけど…(笑)。

玉井 規模感が、飲み屋で酔っ払ったときに話す夢の話だったんですが(笑)、平山さんは本気だったし、“本物のバンド”を実現するとしたら、きっと自分たちしか無理だろうなと思ったんです。それで始まったオーディションは大変…なんてもんじゃなかったですね(笑)。だって、音楽に詳しい人たちがうなる楽曲を、納得できる水準の演奏で届けられて、将来ミュージシャンとして生きていけるであろう素養が見えて、その上で声優のセンスがありそうな人ですよ? これ、Netflixが世界オーディションをやるような話じゃないですか。実際、運命を手繰り寄せるような時間がずっと続いて…最終的には、できうる人をSNS上で捜索して。関係各位のみなさんが頑張ってくれて、僕も一生懸命探して、想定から約1年押しで、今の5人とやっと出会うことができました。

 オリジナル作品というゼロからの状態かつ、メンバーがそろわないなかでの曲作りは、いったいどのようにして行われたのだろうか。

玉井 原作ものだと、作品のどこかにCDジャケットが出てきたりして、キャラクターが聴いてきた曲のゾーンが絞れたりすることもあって。でもオリジナル作品となると、本当にまっさらな状態なんです。決まっていたのは、曲作りを担うギターリストの河原木桃香が北海道出身の20歳だということ。そこからまずイメージを膨らませていきました。彼女は00年代前半生まれだから、きっと15年ぐらいに親にねだってスマホを手に入れた。そのスマホをいじくるなかで、YouTubeで出合ったMVはおそらくこの辺である、といった感じで。

 河原木桃香はいわゆるJ-POPど真ん中の音楽には反応しなかった子で、世代的にゲスの極み乙女。といった少し濃いめのアーティストをたくさん好んで聴いていたはず。きっとそうじゃないと、ギターを手にしないので。好きなバンドを聴いて楽曲をコピーする一方で、ボカロも聴いている世代だから、それらを融合したような曲を作るだろうと…そういうことを酒井さんと平山さんに話して、リアクションを見ながら楽曲を制作しました。

平山 音楽のほうは玉井さんに全面的にお願いしていたので、アフレコのほうはこちらでなんとかしなくてはと。いわゆる通常のアフレコはできないので、演技指導の方を横にビタッとくっつけて、手取り足取り教えていく手法を取りました。でも、メンバーのみなさんがものすごい勢いで上達していったんです。やっぱり音楽をやっているから、耳がいいんでしょうね。途中から普通にアフレコができるようになったのには、とても驚きました。

アニメ『ガールズバンドクライ』の劇中に登場する、エモり散らかし系のガールズバンド。メンバー&メインキャスト声優を担当する5人はオーディションで選出された。左から、Dr.安和すばる役の美怜(みれい)、Gt.河原木桃香役の夕莉(ゆり)、Vo.井芹仁菜役の理名(りな)、Ba.ルパ役の朱李(しゅり)、Key.海老塚智役の凪都(なつ)。2023年7月にメジャーデビューし、これまでに5枚のシングルを発売。4月24日に初のアルバム『棘アリ』をリリースした
アニメ『ガールズバンドクライ』の劇中に登場する、エモり散らかし系のガールズバンド。メンバー&メインキャスト声優を担当する5人はオーディションで選出された。左から、Dr.安和すばる役の美怜(みれい)、Gt.河原木桃香役の夕莉(ゆり)、Vo.井芹仁菜役の理名(りな)、Ba.ルパ役の朱李(しゅり)、Key.海老塚智役の凪都(なつ)。2023年7月にメジャーデビューし、これまでに5枚のシングルを発売。4月24日に初のアルバム『棘アリ』をリリースした

 放送に先駆けてYouTubeで公開されているMVも国内外で話題に。特に海外からのアクセスが多く、全体の60%を占めるというが、そこにも戦略があったという。

平山 MVは、音楽アニメのコンセプトを1番分かりやすく表現できるものだと思うんです。しかも今回はものすごくクオリティーの高いアニメーションと音楽を、セットにして出すことができる。テレビアニメ放送前に本作品のことを一定数のお客様に知っていただくために、まずは10本のMVを出すことになって。この作品を海外にもしっかり届けたいなと思っていた時に、たまたま弊社にYouTuberの事務所に所属していた方が入社されたんです。その方から「世界で見てもらうためには、字幕をいっぱい付けることが重要」とアドバイスをもらって、MVに字幕を約10カ国語付けて公開しました。そうしたら、MVのアクセスの6割、曲によっては8割が海外からという結果になって。コメント欄が外国語で埋まったのを見たときは「こんなの見たことない!」と本当にびっくりしました。

野望はロックスターの枠

玉井 音楽ももちろん、世界に届くものにしたかった。そのためには、グローバルスタンダードを意識しながらも、そこに寄せすぎないことが大事だと思っています。例えばK-POPは、自分たちで作る曲と並行して、海外で曲を買ってくるという手法を取っていて。世界のリスナーに響く踊れる曲に、韓国語のボーカルを乗せるという作り方をしている。でも、K-POPがやっている“踊るためのトラック”に今から僕がトライしても、あまり勝負にならないと思うんです。実は『ガールズバンドクライ』で僕らが勝算を持っていたのは、「ロック」と「バンド」という部分。そこは、アジアの人がまだあまり成功していない領域で。Billboardチャートのトップにロックバンドはまだいないし、アジアの経済圏を見ても、それぞれの国で人気のロックバンドはいるんだけど、国をまたぐようなスターは多くない。ロックスターの枠がまだ空いてるんです。

 大きな野望にはなりますけど、そこに向けて研ぎ澄ませていきたい。例えば、日本人やアジアの人の多くは歌を聴いている人が多いけど、ダンスミュージックが根付いてる国は、コードの旋律感を聴いている人が多いんです。その人たちにも、いいサウンドだと言わせたい。もちろん日本の楽曲ならではの展開の多さや、歌謡的なメロディーに反応してくれる文化圏もあるので、そこの人たちにも、もれなく振り向いてもらえる曲に仕上げています。

平山 楽曲を聴いたときは「これまでのアニメにはない音楽だ」と衝撃を受けましたね。新しい音楽アニメが生まれる予感がしましたし、より一層頑張ってアニメを作ろうと、決意を新たにしました。

ひらやま・ただし 1977年生まれ、千葉県出身。1999年にアニメ制作会社マッドハウスへ入社。2000年にアニメ制作会社サンライズに入社したのち、プロデューサーとして『境界線上のホライゾン』『アクセル・ワールド』『ラブライブ!』など数々のヒット作を生み出す。現在は、東映アニメーションにてプロデューサーを務める(写真/中川容邦)
ひらやま・ただし 1977年生まれ、千葉県出身。1999年にアニメ制作会社マッドハウスへ入社。2000年にアニメ制作会社サンライズに入社したのち、プロデューサーとして『境界線上のホライゾン』『アクセル・ワールド』『ラブライブ!』など数々のヒット作を生み出す。現在は、東映アニメーションにてプロデューサーを務める(写真/中川容邦)

 今作は、東映アニメーションが培ってきた独自のアニメーション表現「イラストルック」を用いているのも特徴。最先端のCG技術でキャラクターの動きから仕草、表情までを繊細に表現する。

平山 世界のアニメーションの大きな潮流は2つあって、1つはディズニーやピクサーに代表されるような「リアルルック」。そしてもう1つが、日本の手書きのアニメーションに代表される「セルルック」。この2つはすでに先駆者が山のようにいるので「誰もやっていない別のことで勝負するべきだ」という発想からたどり着いたのが「イラストルック」です。日本のアニメが今後どうやって生き残っていくのかを考えたときに、今までと同じことをしていても、いつか他の国に追いつかれ、最終的には経済力の戦いとなり負ける可能性すらある。でもCGアニメーションであれば、表現の進化の余白がまだあるんです。世界の最先端にいる日本のアニメだからこそ、もっと新しいことをやっていきたい。

 それと、昔はお客様から「CGだと気持ち悪い!」という反応があったのが、ここ数年のVTuber人気で、CGに対するハードルがぐっと下がったのも、イラストルックを採用した理由の1つです。これに加えて、通常のテレビアニメだと1秒間に8枚の絵を動かすところ、本作ではフルコマの24枚を使うことで、細やかな感情や動きをかなえることができました。アニメーションの表現を進化させるために、フルコマとイラストルックを融合させたという感じですね。

日本のアニメが人気の理由

 これまでアニメーションと音楽によって世界を熱狂させてきた平山氏と玉井氏。2人は今後、日本のエンタメが世界で戦うためには、何が必要だと考えるのだろう。

玉井 近年、スウェーデンの音楽プロデューサーのチームが作る曲が、世界でヒットするルーティンが出来上がっていて。それは、メロディーがグルーヴィーかつ細やかで、あらゆる音楽の歴史をちゃんと分かったうえで作られた楽曲だから。でも、日本でいうと我々がそれをやるべきだと思っていて。音楽を緻密にきめ細やかに美しく、でもカジュアルで手に取りやすいものを作る経験値やノウハウっていうのは、僕らのほうが先行してるという自負があるんです。技術には自信があるからこそ、「ちゃんと伝えていく」という作業がこれから大事になってくると思います。

 agehaspringsは今年20周年なんですが、クリエーターが主体の会社っていうのは、見渡してもまだそんなに数がない。だから、今やってることをもっと研ぎ澄ませて、さらに多くの人とつながれるような音楽を作りたいなと思ってます。

たまい・けんじ 1971年生まれ、大阪府出身。高校時代よりアーティストとして活動。1990年代半ばから楽曲提供や音楽プロデュースを行い、99年にエピックレコードジャパン(現ソニーミュージック)に入社。2004年に独立し、クリエーティブカンパニー会社agehaspringsを設立。YUKI、中島美嘉、Aimerなどの楽曲プロデュースを手掛ける(写真/中川容邦)
たまい・けんじ 1971年生まれ、大阪府出身。高校時代よりアーティストとして活動。1990年代半ばから楽曲提供や音楽プロデュースを行い、99年にエピックレコードジャパン(現ソニーミュージック)に入社。2004年に独立し、クリエーティブカンパニー会社agehaspringsを設立。YUKI、中島美嘉、Aimerなどの楽曲プロデュースを手掛ける(写真/中川容邦)

平山 日本のテレビアニメがなぜ世界でヒットしているかというと、世界的にはまだ「アニメーションは子どものもの」という認識があるから。他の国では卓越したストーリーテリングや深いキャラクター性は入れないことが多いですが、日本のアニメーションはそれを当たり前のように入れますし、そこに哲学まで入れてしまう。こういうことを商業アニメで大規模にやってるのは、日本だけなんです。我々としてはこれを引き続きやっていきつつ、面白い作品を継続的に作っていきたい。

 あと、技術的な要素として、このあと確実にAIがやってきます。AIによって、エンタメの形そのものが大きく変わるような「第3の何か」が出てくる可能性があるんじゃないかと思っていて。そういう時代がすぐそこまで来ているなかで、どうやって生き残っていくのか…身構えてはいますね。

玉井 うーん…僕は、AIが酒井さん、花田さん、平山さんの温度に追いつくのは、まだまだ先だと思いますけど(笑)。そんなに気合の入ったAIは、そうそうできないと思います。

平山 (笑)。まずは、4月からスタートした『ガールズバンドクライ』がお客様に広く受け入れてもらえるといいなって。我々がやれることは全部やったので、あとはお客様のご判断にお任せしたいです。

玉井 それに関してはもう、願望じゃなくて祈りですね(笑)。どうか1回でいいからアニメを見て、曲を聴いてほしい。必ず感動してもらえると思います。今回強く思ったのは、プロフェッショナルは魅力的だということ。プロの気合が入ったこの作品を、ぜひ堪能してもらいたいです。

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