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テスラ車大量発注が誤算-米レンタカー大手、EV過信で大変革に失敗

  • 金融界のベテラン、経営破綻ハーツの再生目指しEV化掲げる
  • ワグナー、オハラ両氏の計画は誤算だらけ-傷深まる

2021年11月9日夜、米レンタカー大手ハーツ・グローバル・ホールディングスの新規株式公開(IPO)祝賀パーティーが開かれていた。

  トム・ワグナー、グレッグ・オハラ両氏は、ウォール街の「やり過ぎ」に慣れ親しんだ人と同様にパーティーの開き方を心得ており、米国で活躍するタレントで実業家キム・カーダシアン氏やニューヨークのアダムズ市長が足しげく通うマンハッタンの会員制社交クラブ「ゼロ・ボンド」での開催だった。同社おなじみの黄色と黒が使われたカクテルナプキンには「レッツ・ゴー!」と、米プロフットボールNFLでスーパーボウルを7回制覇したトム・ブレイディ氏を起用した派手な新CMのせりふが書かれていた。

  同社は13億ドル(現在のレートで約2000億円)規模のIPO実施した。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の最初の2カ月で経営破綻に追い込まれたが、どうしたことか、ワグナー、オハラ両氏は5カ月余りの間に企業史に残る大転換をやってのけたのだった。

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トム・ワグナー氏
Photographer: Maria Spann for Bloomberg Businessweek

  ワグナー氏のヘッジファンド、ナイトヘッド・キャピタル・マネジメントとオハラ氏のプライベートエクイティー(PE、未公開株)投資会社サータレス・マネジメントが21年6月の破産入札でハーツを取得するまでには、同社は負債を減らし、1万5000人を削減していた。

  両氏はこの業界での経験がなかったが、古臭いビジネスの破壊者を自称する2人にとってそれは美点だった。レンタカー業界の未来が電気自動車(EV)にあることを明確に示す財務分析を両氏は行っていた。IPO直前のインタビューで、ワグナー氏はブルームバーグ・ビジネスウィーク誌に対し、「私たちはハーツをまったく違う形に位置づけることができると感じていた」と語っていた。

  ハーツの新オーナーは満を持して、従来型のガソリン車をEVに切り替える賭けに出た。EVメーカー、米テスラに前例のない10万台の注文を出し、配車サービスの米ウーバー・テクノロジーズの運転手にEVを供給する独占契約を結んだ。

  ハーツは全米の何千もの拠点、ひいては世界的な拠点に、充電ネットワークを構築し、自動運転時代のサービスマネジャーになるという野望を抱いていた。ワグナー氏は、当時タンパベイ・バッカニアーズのクオーターバックだったブレイディ氏とスキー仲間で、同社の新たな広告塔になるようくどいた。

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ブレイディ選手を起用し続けるハーツ
Source: Hertz

  パンデミックから回復したばかりの経済にとって、これは完璧な戦略だった。米国人による旅行愛の再発見、テスラの最高経営責任者(CEO)イーロン・マスク氏への大衆の憧れ、EVストーリーであれば投資しようという株式市場の地合いに乗じたのだ。

  IPOでのハーツの評価額は153億ドルに達し、ワグナー、オハラ両氏が支払った59億ドルの2.5倍以上となった。レンタカーの需要が急増し、現金が流入したため、同社は20億ドルの自社株買いを承認。程なく同社は、ゴールドマン・サックス・グループの最高財務責任者(CFO)を退任したばかりのスティーブン・シャー氏がEVへの転換を指揮するためにCEOとして経営に参加すると発表した。

  だが24年初めまでには、このEVへの転換という賭けが大失敗に終わることは明らかとなった。マスク氏はテスラ車の価格を最大30%引き下げ、ハーツが所有するEVの価値は急落。ワグナー、オハラ両氏の計画は他にも数え切れないほどの誤算に満ちており、傷は深まるばかりだった。

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  疲弊した業界を抜本的に改革するという話は鳴りを潜め、ハーツは今、ガソリンを大量に消費する自動車に大きく賭けている。同社株はIPOの祝賀パーティー以降74%下落し、役員室では責任のなすり合いが起きている。シャー氏は去った。

  24年4月1日、ゼネラル・モーターズ(GM)傘下でロボタクシー事業を手掛けるクルーズで最高執行責任者(COO)を務めていたギル・ウェスト氏がここ10年で6人目となるCEOに就任。同氏が混乱を一掃する番だ。

レンタカーのハーツ、シャーCEOが退任-EV戦略失敗

ハーツのテスラ車への賭けが奏功しなかった理由
 

  ワグナー氏は問題のある企業に賭けることを専門としていた。08年にゴールドマン・サックスを退社しナイトヘッドを共同で創業して以来、リーマン・ブラザーズなど有名な経営破綻案件で成功を収めてきた。同業者の間では、元トレーダーにありがちな強気だけでなく、すさまじい職業倫理と細部への細心の注意でも知られていた。

  一方、情報技術(IT)分野でキャリアをスタートさせたオハラ氏は、JPモルガン・チェースに移籍し、数十億ドル規模のバイアウト案件に携わった。12年に、旅行と観光、ホスピタリティに投資するサータレスを創業し、法人向け旅行サービス会社アメリカンエキスプレス・グローバルビジネストラベル(アメックスGBT)の株式50%とオンライン旅行サービス会社トリップアドバイザーの一部株式を購入し、名を上げた。

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グレッグ・オハラ氏
Photographer: Claudio Morelli for Bloomberg Businessweek

  投資家がハーツにもうける機会を見いだしたのはこれが初めてではない。14年には著名アクティビスト(物言う投資家)で資産家のカール・アイカーンが同社に着目し、経営権を巡って委任状争奪戦を繰り広げた。

  14年にはアイカーン氏によって、会長兼CEOを務めたマーク・フリソーラ氏が辞任に追い込まれたものの、その後6年間、誰がトップになっても株価は下がり続けた。

米ハーツ:フリソーラCEOが辞任-経営面で失敗と一部株主から圧力

  ジョン・タグ氏はCEOを務めていた当時、コンパクトカーとファミリーセダンに賭けたが、16年の燃料価格の急落と重なり、スポーツタイプ多目的車(SUV)需要が復活し、ハーツには買いたい人がほとんどいない中古車の在庫が残った。10億ドルをかけて車の追跡、予約、スケジュール管理システムの大改革にも着手したが、あまりに非効率であったため、同社は現在もその後始末に取り組んでいる。

  アイカーン氏は、ハーツの破産法申請から数日後に全株を売却。損失額は約16億ドルに上った。

アイカーン氏、破産法申請したハーツの全株売却-1730億円損失

  そしてワグナー、オハラ両氏が、はるかに野心的なEV化計画を携えて登場した。世界のEV販売台数は20年に50%近く伸びた後、倍増する勢いだった。マスク氏は、テスラが自動走行車の実現に近づいており、車はガレージや駐車場に置かれたままでなく、ロボタクシーとして走行し、オーナーに収益をもたらすことが可能になると予言していた。

金融界のベテラン2人の賭け、レンタカーのハーツがテスラ車10万台注文
Source: Bloomberg

  21年5月、破産裁判所が行ったハーツを巡る入札で、米投資会社アポロ・グローバル・マネジメントの支援を受けた両氏は、2億ドルほど高い提示額で次点の企業を制した。フォード・モーターでCEOを務めたマーク・フィールズ氏が暫定的にCEOに就任することに同意したが、ハーツには長期的なリーダーが必要だった。

  21年9月にゴールドマンCFOを退任すると発表した数日後、シャー氏は元同僚のジェフ・ネデルマン氏から電話を受けた。オハラ氏のパートナーとして働いていたネデルマン氏からハーツでの職に関心があるかとの打診だった。

  シャー氏は不安だった。ゴールドマンでの28年間、ほとんど投資銀行業務に携わってきた。ハーツのような企業の経営は全くの門外漢だが、ワグナー、オハラ両氏が業界の変革をリードするチャンスを与えてくれた。4年在籍し、その間にハーツ株がインセンティブプランの最も高い目標を達成すれば約3億2500万ドルを手にすることができる。その時点でも65歳以下。同氏はこの仕事を引き受けた。この選択は、周囲にとっては意外だった。

Hertz CEO Stephen Scherr & Polestar CEO Thomas Ingenlath Interview
スティーブン・シャー氏
Photographer: Christopher Goodney/Bloomberg

  22年2月28日にシャー氏が新たな職務を開始する時分には、ハーツの戦略の重要な部分はできあがっていた。テスラとの取引がまとまったのはゴールドマンのデービッド・ソロモンCEOのおかげでもあった。ソロモン氏はワグナー、オハラ両氏を世界の大手自動車メーカーに引き合わせ、EVを供給できる可能性のあるメーカーを1社か2社見つけ出そうとした。

  だが当時、十分な量の生産を行っていたのがテスラのみなのは明白だった。テスラの「モデル3」「モデルY」10万台の注文は、マスク氏自身が参加することも多かった9カ月にわたる秘密交渉の末にまとめられ、両社にとって素晴らしい戦略に思われた。ハーツは同業のエンタープライズ・ホールディングスやエイビス・バジェット・グループに先んじることになり、テスラ株は急騰し時価総額が初めて1兆ドルを超えた。

レンタカーのハーツがテスラ車10万台注文、電気自動車で過去最大

   ハーツはウーバーの運転手にEVを供給する独占契約を結んだことが、その直後に明らかになる。また、不要となったレンタカーの売却に向けカーバナとも契約。カーバナは自動販売機での中古車販売を手掛ける新興企業。これらはハーツによる革新的な取り組みの3本柱だった。

レンタカーのハーツ、ウーバーやカーバナとも契約-EV化に急加速

  シャー氏が就任した年、レンタカー事業は活況だった。ただ、効率性とは無縁だったハーツはエイビスよりも低い利益率を報告し続けていた。匿名を条件に語った事情に詳しい関係者によると、その年のうちに取締役たちはシャー氏に圧力をかけ始めた。

  パンデミック後の迅速な人員補充競争で、雇った契約社員は高コストで、ハーツはより低コストの正社員と入れ替えるのに長い時間を要した。また、長年にわたりソフトウエアやクラウドサービスに多くを投資してきたが、結局ビジネスのさまざまな部分で技術が混乱した状態で、そうしたプログラムを連動させることに失敗し続けていた。システムのエラーにより、多くの利用者が実際には返却したにもかかわらず、レンタカーを盗んだ容疑で逮捕されることもあった。

最初の亀裂

  22年後半になると、EV戦略に最初の亀裂が入り始めた。社内では、長年にわたり中古車価格の浮沈を経験してきたベテランマネジャーたちが、テスラにこれほど大きな賭けをすることに警告を発していた。購入車種の選択を誤れば、最終的に中古車市場で売却して強力なリターンを当てにしているレンタル会社は利益を失うことが分かっていたからだ。

  それでもワグナー、オハラ両氏は計画を推進。EVは消費者にも投資家にも人気があり、ハーツがEVを高い料金でレンタルすればもうかるだけでなく、維持費も節約できると計算していたからだ。同社はテスラへの注文に続き、中国の吉利汽車とスウェーデンのボルボ・カーが所有するEVメーカー、ポールスターおよびGMと大型契約を結んだ。

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  しかし現場では、すべてが机上の計算とは違って見え始めていた。自宅や外出先での充電に慣れているEVオーナーとは異なり、出張や旅行先での利用者は不案内な場所で充電ステーションを探す手間や心配などはしたくない。テスラ車しか残っていないことが分かるとエイビスに流れる客もいたという。

新たな警告灯

  23年の初めには新たな警告灯が点滅しだした。修理による遅れがハーツの全車両で増加し、衝突事故による費用も跳ね上がった。だが、シャー氏やほかの誰もがこの件を説明できなかった。同氏のチームが集計したデータを分解し、ともにテスラ車が原因であることを取締役会に示したのは少なくとも別の四半期になってからだった。

  テスラ車は、ワグナー、オハラ両氏が財務モデルで予測したように従来型の自動車よりも確かに維持費は安かったが、問題は衝突の頻度だった。瞬時の加速とブレーキシステムに慣れていないテスラ車初心者のドライバーは障害物にぶつかったり、追突されたりした。ハーツが所有する車の中でテスラ車が事故に遭う頻度は、他社の車両の4倍だった。

  大手自動車メーカーとは異なり、テスラはサービスや修理に対応するフランチャイズディーラーの広範なネットワークを持っていないため、オーナーは同社の都合やスケジュールに左右されることになる。また、テスラ車の修理費用は他のメーカーの修理と比べ法外だった。

  そこに、マスク氏が仕掛けた価格競争だ。テスラは23年1月12日深夜、ウェブサイトに新価格表を公開。モデルYは20%値下げされた。シャー氏は当時、24年末までにEV比率を10%から25%に引き上げる計画を立てており、23年4月の電話会議で「当然、より低価格での方がハッピーで良い買い物だ」と語った。

Elon Musk visits construction site of the Tesla Giga Factory
イーロン・マスク氏
Photographer: Patrick Pleul/Picture Alliance/Getty Images

  だが、最初はプラスに思えたことが、爆弾のように爆発した。マスク氏は競争激化のEV市場でのシェア維持に躍起となり、23年10月までに何度も値下げ。それによってハーツはすべてのテスラ車の再評価を余儀なくされ、昨年の同社の減価償却費が3倍の20億ドルに増加する大きな要因となった。役員室には不満が充満していた。

プレッシャー、ついに頂点

  EV化への賭けを巡る失敗にどう対処するかを巡り、数カ月にわたって高まっていたプレッシャーはついに頂点に達した。シャー氏はゴールドマンで学んだリスク管理の知識を生かし、テスラ車は悪質な取引でしかなく、すぐにうち捨てたいと考えるようになっていた。だが、マスク氏同様にEVを声高に主張するワグナー氏が反対した。

  ハーツの支配株主の1人であるワグナー氏が最終的にテスラ車を処分することが唯一の選択肢であると認めるまで、両者は2カ月間にわたり協議を重ねた。昨年12月、ハーツはEV化の方針を転換し、2万台の売却を始めた。

レンタカーのハーツ、電気自動車2万台を売却へ-ガソリン車に再投資

Hertz Hosts One of the Largest EV Test Drives in the US
ハーツ主催のEV試乗イベント(2023年7月、ロサンゼルス)
Photographer: Rodin Eckenroth/Getty Images

  シャー氏はもううんざりだった。ハーツに加わったのは変革を目指してであり、次から次へと起こる危機に対処するためではなかった。同氏は、1月8日にニューヨークにあるナイトヘッドのオフィスにワグナー氏を訪ねた。事情に詳しい複数の関係者によれば、クリスマス休暇を過ごす中で自分の人生と将来について考え、辞めたいというメッセージを伝えた。「これは私が自分から求めた仕事ではない」と同氏は語った。  

  ワグナー、オハラ両氏の戦略の中には成功しているものもある。ウーバーのドライバーはハーツからレンタルしたEVで10億マイル(約16億キロメートル)以上を走行し、カーバナはハーツが中古車からより多くの価値を回収するのに役立っている。ブレイディ氏は選手引退後に契約を延長し、ハーツの広告に起用され続けている。

  両氏は、価格がピークに達したときにEVに投資したことで、ウォール街で最も典型的な失敗、つまり高値で買って安値で売るミスを犯した。多くの点で、テスラやリビアン・オートモーティブルーシッド・グループ、ポールスターの不運な投資家たちと変わらない。世界的なEV需要の鈍化と自動車産業の完全EV化の見通し後退の中で傷をなめ合っている。

  ワグナー氏は以前にも物議を醸すような賭けをして、それを乗り越えてきた。同氏にとってハーツのケースも同じだ。生まれながらのトレーダーとしての自信を持つ同氏は、自分の賭けが最終的に正しいことが証明されると信じている。「そう遠くない将来、われわれはこうしたことすべての解決策を見つけるだろうと私は強く思っている」と同氏は語る。

(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)

原題:Hubris at Hertz Doomed Its Massive Bet on 100,000 Teslas(抜粋)

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