10万人のゲノム解析 東北大、武田など製薬5社と連携
東北大学は7日、武田薬品工業やエーザイなど製薬大手5社と、10万人分のゲノムを解析するためのコンソーシアムを設立したと発表した。製薬会社が従来の10倍以上のゲノムデータを創薬や診断技術の開発などに利用できるようにする。欧米には数十万人規模のバイオバンクがすでにあり、ようやく日本もゲノムをもとに新薬を探す「ゲノム創薬」の基盤整備が進む。
バイオバンクは健康な人や患者から、血液や尿などの試料(サンプル)やそのゲノムを解析したデータ、年齢や性別、生活習慣といった診療情報や病気の履歴などのデータを集めて蓄積する。これらを創薬研究などをする企業や大学などに提供する。患者と健康な人のゲノムデータを比べることで病気と遺伝子変異の関係性などが分かり、創薬やそれぞれの患者に適した治療をする「個別化医療」の実現に役立つ。
東北大が運営する東北メディカル・メガバンク機構は12年に設置されたバイオバンクで、宮城県、岩手県の地域住民15.7万人超のデータや試料をもつ。祖父母、親、子と3世代のデータも集めている。ただ、ゲノム解析に時間や費用がかかるため、これまで企業が利用できるゲノムデータは約8300人分にとどまっていた。
コンソーシアムは文部科学省からの予算約40億円と企業からの資金をもとに10万人分のゲノム解析を目指す。2021年度中に6万人分の初期的な解析を終え、企業が利用できる形にするためさらに解析を進める。24年までに10万人分の解析を目指す。
参加するのはエーザイ、小野薬品工業、武田、第一三共、ヤンセンファーマの5社。企業は10万人分のゲノムデータを優先的に利用できる。記者会見した山本雅之機構長は「10万人のゲノムデータがあれば、日本人で見つかる遺伝子変異を網羅的に探せるだろう。一人ひとりの体質や個性を背景にした新しい創薬に近づく」と話した。
製薬会社は治療薬や診断法の開発につなげる狙いだ。武田は国内でも先駆けてゲノム創薬に取り組んできた。19年には英国の「UKバイオバンク」に参加し、一定の使用料を支払い、50万人規模のゲノムデータを活用している。
20年には東北メディカル・メガバンク機構と共同研究を開始。ゲノムデータと結びついた磁気共鳴画像装置(MRI)などの情報を合わせて解析することで、病気を引き起こす要因を探る研究を進めている。特に、認知機能の低下など精神・神経疾患を引き起こす要因を中心に調べ、新薬や治療法の確立を目指している。
今回のコンソーシアムについて、武田は「様々な健康情報が収集されており、規模だけでなく世代間にわたる情報も利用できる。今回の参加を通じて新薬開発に重要な知見が得られる」と期待する。
エーザイも今回の参画で得られるゲノムデータを基に認知症やがんの治療薬、診断技術の開発につなげる方針だ。21年5月には、国立がん研究センターが持つがん組織のゲノムデータをもとに、希少がんの治療薬の開発に乗り出した。国内のデータバンクについて「欧米に比べてやや取り組みが遅れている」と指摘する。
データ収集で先行するのは欧米だ。英国は06年から健康な50万人を追跡する「UKバイオバンク」を構築している。このコンソーシアムには武田のほか、米ファイザーや英アストラゼネカなど世界のメガファーマが参画している。ゲノムデータ、生活習慣や既往歴、発病履歴などの情報が利用でき、創薬に利用しやすいという。
英国にはがんや希少疾患の患者を対象とした政府系機関によるバイオバンクもあり、18年12月に10万人のゲノム解析を終えた。米国では100万人分を目標に約49万人分を集めた取り組みなどがある。
ゲノム解析などに詳しいアーサー・ディ・リトル・ジャパンの小林美保シニアコンサルタントは「UKバイオバンクは英政府が支援しており、データが集まってくる仕組みがある」と指摘しており、日本も国の支援のもとデータを集める仕組み作りが必要だ。