進む「ナノマシン」技術 ナノ医療イノベーションセンター長・片岡一則さんに今後の研究の展望を聞く 2045年の「体内病院」実現へ

2023年11月26日 07時07分

ナノマシンの模型を掲げる片岡一則さん=川崎市のナノ医療イノベーションセンターで

 「ナノマシン」と呼ぶナノメートル(ナノは10億分の1)サイズの極小カプセルに薬や遺伝子を搭載し、体内の目的の場所に届ける技術の研究が進んでいます。このナノマシンの開発者は、川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンターの片岡一則センター長(72)です。ノーベル賞の登竜門ともいわれるクラリベイト引用栄誉賞を9月に受賞した片岡さんに、研究の歩みや今後の展望を聞きました。 (榊原智康)
 -そもそもナノマシンってどういうものですか。

 薬などを必要な時に、必要な場所で、必要な量だけ作用させるナノスケールの「マシン」です。大きさはウイルス並みです。マシンと言っても歯車を組み合わせて作るわけにいかないので分子で組み立てます。
 ナノマシンにもいくつか種類がありますが、代表的なものが「高分子ミセル」といわれるものです。まずポリマー(高分子)を作ります。1本のひものようなポリマーにターゲットになる細胞を見つける機能を作り込んでおきます。運びたい薬や遺伝子などとともに水の中に入れると球状に組み上げられ、ナノマシンができます。

◆無人の荒野

 -ナノマシンの研究を始めたきっかけは。

 もともとは高分子化学の研究をしていました。大学院で博士課程に進学するとき、指導教官だった鶴田禎二先生(東大名誉教授)に相談すると「今後は人類の福祉のための化学が重要になる」と言われました。博士課程から「バイオマテリアル」(医用高分子)の研究を始めました。ただ当時、この分野の研究はほとんど誰もやっておらず、「無人の荒野」を行くようなものでした。
 博士課程の時、ドイツの研究者が著した高分子医薬の総説論文を読みました。薬をくっつけた高分子を作ることによって薬をゆっくり放出したり、臓器に運んだりする「ドラッグ・デリバリー」について書いてあり、これは面白いと思いました。
 調べてみると、高分子を使ったものでも、何となくそこに薬を詰め込むようなものはありましたが、明確に分子設計(ある機能を持つ分子を構造から合成まで設計すること)をしているものはありませんでした。当時、人工血管に活用しようと体内で異物として認識されない高分子の研究をしていました。この高分子が使えるのではと思い、ドラッグ・デリバリーの研究を始めました。

◆人工ウイルス

 -研究はどのように進みましたか
 最初に取り組んだのが、抗がん剤を患部に運ぶ研究です。できたナノマシンのサイズを測ったら40~50ナノメートルでした。ウイルスと同じサイズで構造的にも似ているので、「これは人工ウイルスになる」とひらめきました。
 このことに気づくと、あとは話は簡単です。抗がん剤だけでなく、ナノマシンの中に遺伝子などいろんなものを入れて運べるだろうと考えました。核酸医薬や遺伝子も運べることを示した論文を1990年代後半に出し、2001年には、これらの成果を総説論文としてまとめました。
 今は脳に薬を運ぶ技術の開発も進めています。脳は血管から異物が入らないように血管内側の細胞同士の結合がすごくしっかりしています。このため、ナノマシンの表面に脳が吸収しやすいブドウ糖をつけるなどの工夫を施します。
 変形性関節症の治療に向け、遺伝物質の「メッセンジャーRNA(mRNA)」をナノマシンで運んで軟骨を再生させる研究にも取り組んでいます。
 -クラリベイト引用栄誉賞の受賞をどう受け止めますか
 この分野は(医学と工学の)境界領域で、あまり知られていません。今回、きちんと評価していただき、注目分野として取り上げられたことは非常にうれしいです。
 -センター長を務めるナノ医療イノベーションセンターでは、2045年に「体内病院」を実現するとの目標を掲げています。

◆ミクロの決死圏

 体内病院とは、ナノマシンが体内を自律的に巡回し、病気の検出、診断、治療という一連の行為を行うものです。最近の若い人は知らないかもしれませんが、映画「ミクロの決死圏」の内容は、体内病院そのものなんです。
 今は大学などでは、3年や5年で結果が求められる「短期志向」の傾向が強いです。体内病院というのは一見、とっぴな目標のように思えるかもしれませんが、先を見据えて長期的な目標を立てることも重要です。がんの治療に役立ったり、再生医療に展開できたりするナノマシンは既にできています。プロジェクトの中には臨床試験に進んでいるものもあります。45年の実現に向け、手応えはあります。

<かたおか・かずのり> 1950年、東京都生まれ。79年、東京大大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)。東京女子医科大医用工学研究施設助教授などを経て98年に東大大学院工学系研究科教授。2004年からは東大院医学系研究科付属疾患生命工学センター教授(併任)。15年に現職に就任。16年に東大を退任し、東大名誉教授に。12年に独フンボルト賞、江崎玲於奈賞。

<高分子ミセル> 水となじみやすい性質(親水性)の高分子と水をはじきやすい性質(疎水性)の高分子の二つの部分からなる物質を水の中に入れると、親水性部分は外側に、疎水性部分は内側を向いて球状に集合してできる粒子。
<ミクロの決死圏> 1966年に公開された米国のSF映画。潜水艇ごとミクロサイズに小さくなった医療チームが体内に送り込まれ、手術不可能な脳内出血の治療にあたるストーリー。


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