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 キヤノンの半導体露光装置事業がかつての勢いを取り戻している。ArF液浸露光装置やEUV(極端紫外線)露光装置を事業化できず、オランダASMLやニコンとの開発競争に敗れた同社。ところがここにきて、生成AI(人工知能)を支える先端パッケージング向けの市場を総取りしている。ナノインプリントリソグラフィー装置を発売し、微細化の最先端にも返り咲く(図1)。フルラインナップで王者ASMLに対抗しようと、かつて撤退したArFドライ露光装置も開発を続け再参入の機会をうかがう。

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 半導体露光装置の金額ベースの市場シェアは、経済産業省の資料によれば足元でASMLが9割強を占める。同社は台湾積体電路製造(TSMC)や韓国Samsung Electronics(サムスン電子)、米Intel(インテル)などの最先端工場に欠かせないEUV露光装置(波長13.5nm)市場を独占。露光波長別で1つ前の世代に当たるArF液浸露光装置(波長193nm)でも競合のニコンを大きく上回るシェアを持つ。液浸露光とは露光装置のレンズとウエハーの間を純水で満たし、純水にレンズの役割をさせることで通常の露光装置(ドライ露光装置)と比べ解像度を高める技術である。

 メーカー各社は公表しないが、EUV露光装置の価格は200億~300億円、ArF液浸露光装置は60億~100億円ほどとみられる。ここにきてIntelが初号機を導入した高NA(開口数)EUV露光装置は、500億円に近いとの観測もある。こうした高額な最先端装置で独り勝ちしていることが金額面でASMLが圧倒的シェアを握る理由だ。

図1 ナノインプリントリソグラフィー装置を発売
図1 ナノインプリントリソグラフィー装置を発売
EUV露光装置に比べて低価格・低消費電力を訴求する(出所:キヤノン)
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 ただし、5nm世代や3nm世代といった最先端の工場で使われているのはEUV露光装置やArF液浸露光装置ばかりではない。半導体の前工程(ウエハー工程)には数十もの露光工程が必要で、プロセスコストが高いEUV露光やArF液浸露光を使うのはクリティカルレイヤーと呼ばれる加工寸法が最小またはそれに近い層に限られる。キヤノン光学機器事業本部副事業本部長の岩本和徳氏(半導体機器事業部長)は「例えば50層を露光する最先端半導体では、EUV露光を使うのは2~3層、ArF液浸露光を使うのは最大10層ほどだろう」と話す。

 加工寸法が比較的大きい層には、ArFドライ露光装置、KrF露光装置(波長248nm)、i線露光装置(同365nm)などが使われる。価格はArFドライ露光装置が20億~30億円、KrF露光装置が10億~20億円、i線露光装置が5億~10億円ほどとされる。

 そしてキヤノンは「i線露光装置で8割ほど、KrF露光装置で3割弱の台数シェアを持つ」(岩本氏)。すなわちTSMCやSamsungなどの最先端工場には、キヤノンのi線露光装置やKrF露光装置が多数導入されている。微細化で最先端を走るEUV露光装置に注目が集まりがちだが、「i線露光装置やKrF露光装置を抜きに最先端半導体は製造できない」(同氏)。足元ではCMOSイメージセンサー、シリコン(Si)や炭化ケイ素(SiC)製のパワー半導体向けの引き合いも強い。